【刀剣乱舞 薬研藤四郎】元ネタの伝説や逸話・最終ステータス・レシピ・ドロップを紹介! [短刀]
刀剣乱舞のキャラ
薬研藤四郎
について、
初期と最終ステータス
鍛刀でのレシピ
ドロップ場所
元ネタの伝説や逸話を紹介します!
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◆薬研藤四郎について
図鑑No.049
刀派:栗田口
種類:短刀
声優:山下誠一郎
イラストレータ:石商
◆薬研藤四郎ドロップ
1-1
1-2
1-3
1-4
2-1
2-2
2-3
◆薬研藤四郎ランクアップLv
ランクアップ可能Lv:20
◆薬研藤四郎レシピ
炭 :50
玉鋼 :50
冷却材:50
砥石 :50
薬研藤四郎と同じ刀種が比較的
出やすくなるレシピです。
薬研藤四郎はドロップの方が
入手しやすいです。
◆薬研藤四郎初期ステータス
生存:27
打撃:14
統率:29
機動:23
衝力:17
範囲:狭
必殺:40
偵察:35
隠蔽:35
スロット数:1
◆薬研藤四郎最終ステータス
生存:34
打撃:28
統率:42
機動:53
衝力:31
範囲:狭
必殺:40
偵察:47
隠蔽:39
スロット数:1
◆装備可能刀装
軽歩
重歩
軽騎
投石
盾
信長の愛刀だったためか
子供らしい外見とは裏腹に
男らしい性格をしています。
このギャップにやられた
審神者も多いようです。
必殺のステータスが
高めに設定されていますが、
必殺はゲーム稼働初期は
忠誠というステータス名に
なっていたので、
彼の忠義を尽くした
エピソードを知っていれば
納得できます。
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◆薬研藤四郎(元ネタ)について
※画像は現物とは異なるイメージです。
銘 :吉光
刀派 :栗田口
作者 :栗田口吉光
年代 :鎌倉中期~江戸
所有者:畠山政長、足利義光
松永弾正、織田信長など
現在保管場所:所在不明
栗田口吉光が作成した
短刀のひとつです。
『“藤四朗”の名が付く短剣は
切れ味は抜群だが主人の
腹は切らない』
という言い伝えがあり、
江戸時代の大名は競って入手しようと
していますが、
この言い伝えを作った短刀が
薬研藤四郎です。
1493年に戦に敗れた畠山政長が
切腹のために藤四郎の短刀を
使ったが、
いくら切腹を試みても
刃が腹に突き立てることが
できませんでした。
使い物にならない短刀に業を煮やして
藤四郎を投げ捨てると、
地面に置いてあった鉄製の
薬研に深々と突き刺さり
周りで見ていた家臣らが
『短刀が主人の命を
絶つことを躊躇ったに違いない!』
と感嘆したと言います。
薬研藤四郎はもともと足利家伝来の
刀だと言われていますが、
畠山家にあった詳細は不明です。
先のエピソードが真実であれば
薬研藤四郎は
将軍家
↓
畠山家
↓
将軍家
へと移動したことになります。
その後、
13代足利輝義を襲撃・殺害した際に
松永弾正が奪い取り、
織田信長に献上しています。
信長も薬研藤四郎を肌身離さず
所持していたようで、
本能寺の変で信長と
一緒に焼失してしまったと
言われています。
別説には
本能寺の変の際に薬研藤四郎は
安土城から持ち出されて、
豊臣秀吉に献上されたという
話もあります。
これは豊臣家の
『光徳刀絵図』に薬研藤四郎らしき
刀の記述があったために
出た説ですが、
現在ではやはり
信長と一緒に焼失してしまった
という説が有力です。
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≪関連記事≫
◆太刀
◆大太刀
◆打刀
◆短刀
◆槍
◆薙刀
◆INDEX~もくじ~
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鍛刀でのレシピ
ドロップ場所
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【刀剣乱舞 薬研藤四郎】最終ステータス・ドロップ・レシピ
◆薬研藤四郎について
図鑑No.049
刀派:栗田口
種類:短刀
声優:山下誠一郎
イラストレータ:石商
◆薬研藤四郎ドロップ
1-1
1-2
1-3
1-4
2-1
2-2
2-3
◆薬研藤四郎ランクアップLv
ランクアップ可能Lv:20
◆薬研藤四郎レシピ
炭 :50
玉鋼 :50
冷却材:50
砥石 :50
薬研藤四郎と同じ刀種が比較的
出やすくなるレシピです。
薬研藤四郎はドロップの方が
入手しやすいです。
◆薬研藤四郎初期ステータス
生存:27
打撃:14
統率:29
機動:23
衝力:17
範囲:狭
必殺:40
偵察:35
隠蔽:35
スロット数:1
◆薬研藤四郎最終ステータス
生存:34
打撃:28
統率:42
機動:53
衝力:31
範囲:狭
必殺:40
偵察:47
隠蔽:39
スロット数:1
◆装備可能刀装
軽歩
重歩
軽騎
投石
盾
信長の愛刀だったためか
子供らしい外見とは裏腹に
男らしい性格をしています。
このギャップにやられた
審神者も多いようです。
必殺のステータスが
高めに設定されていますが、
必殺はゲーム稼働初期は
忠誠というステータス名に
なっていたので、
彼の忠義を尽くした
エピソードを知っていれば
納得できます。
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【刀剣乱舞 薬研藤四郎】元ネタの伝説や逸話
◆薬研藤四郎(元ネタ)について
※画像は現物とは異なるイメージです。
銘 :吉光
刀派 :栗田口
作者 :栗田口吉光
年代 :鎌倉中期~江戸
所有者:畠山政長、足利義光
松永弾正、織田信長など
現在保管場所:所在不明
栗田口吉光が作成した
短刀のひとつです。
『“藤四朗”の名が付く短剣は
切れ味は抜群だが主人の
腹は切らない』
という言い伝えがあり、
江戸時代の大名は競って入手しようと
していますが、
この言い伝えを作った短刀が
薬研藤四郎です。
1493年に戦に敗れた畠山政長が
切腹のために藤四郎の短刀を
使ったが、
いくら切腹を試みても
刃が腹に突き立てることが
できませんでした。
使い物にならない短刀に業を煮やして
藤四郎を投げ捨てると、
地面に置いてあった鉄製の
薬研に深々と突き刺さり
周りで見ていた家臣らが
『短刀が主人の命を
絶つことを躊躇ったに違いない!』
と感嘆したと言います。
薬研藤四郎はもともと足利家伝来の
刀だと言われていますが、
畠山家にあった詳細は不明です。
先のエピソードが真実であれば
薬研藤四郎は
将軍家
↓
畠山家
↓
将軍家
へと移動したことになります。
その後、
13代足利輝義を襲撃・殺害した際に
松永弾正が奪い取り、
織田信長に献上しています。
信長も薬研藤四郎を肌身離さず
所持していたようで、
本能寺の変で信長と
一緒に焼失してしまったと
言われています。
別説には
本能寺の変の際に薬研藤四郎は
安土城から持ち出されて、
豊臣秀吉に献上されたという
話もあります。
これは豊臣家の
『光徳刀絵図』に薬研藤四郎らしき
刀の記述があったために
出た説ですが、
現在ではやはり
信長と一緒に焼失してしまった
という説が有力です。
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タグ:刀剣乱舞 キャラ
2015-06-28 10:27
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